アイテム詳細
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新潮社 |
グループ:Book ランキング:3850 価格:¥ 540 発売日:2003-05 在庫あり。 |
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http://www.honzuki.com/bestsellers/asin/Blended/4102007113.html
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レビュー(Amazon.co.jp)
スイスで出版された原書を、キャロル・ブラウン・ジェンウェイが格調高い英語に翻訳。セックス、愛、朗読、戦後ドイツの不名誉についての、短くも豊かな物語。15歳の少年ミヒャエル・バーグは、謎めいた年上の女性ハンナとの激しい恋の虜になる。だが彼女の身の上についてはほとんど知らないうちに、ある日ハンナはミヒャエルの前から姿を消してしまう。…二度と彼女に会うことはないと思っていた彼だったが、戦慄(せんりつ)の再会が実現する。ナチスの過去を裁く法廷の被告席に、ハンナがいたのだ。彼女が筆舌に尽くせぬ重罪を犯していたことが明らかにされていく、その裁判の進行を追いつつ、ミヒャエルはとてつもなく大きな難問に取り組みはじめる。ホロコーストを知った自分たちの世代は、どう対処するべきか?「理解に苦しむものを理解できると思ってはいけないし、比較にならないものを比較してはいけない…。ぼくたちは、嫌悪と恥辱と罪の意識を抱えたまま、ただ黙っているべきなのだろうか?何のために?」
本書はボストン・ブックレビュー誌のフィスク・フィクション賞を獲得した。たぐいまれな明快な文章で、少ないページ数のなかで多くの悪の精神の問題に挑んでいる。世界がかつて知り得たなかで最悪といえる残虐行為に加担したのが親や祖父母、あるいは恋人であった場合、彼らを愛するという行為はどういったことなのか?文学を通しての贖罪(しょくざい)は可能か?シュリンクの文体は簡潔であり、比喩表現、会話といった文章の属性を問わず、余分なものはことごとくそぎ落とされている。その結果生まれたのが、ドイツの戦前と戦後の世代、有罪と無罪、言葉と沈黙の間に横たわる溝を浮き彫りにした、厳粛なまでに美しい本作なのである。
カスタマーレビュー ![]()
向き合うこと
(2010-03-02)
人が裁く者と裁かれる者に分かれるとき、隠された痛みを知るとき、
人は何を思い、何を自分自身に問うのか。
主人公のジレンマ、葛藤に共感できる読者がいれば、
青臭いとか、独善的だと感じる人もいるかもしれない。
これは作者が“新しい世代”の立場で、“旧い世代”から引き継いだ負債を題材として扱った小説でもあり、
絶対的な正義や、非の打ち所のない道徳性を前提に語られているわけではない。
多くの未熟さ、不毛さから目を背けず、ありのままを認めて向き合うこと、
この作品の意義はそういったところにある。
単純な恋愛小説ではないし、
純粋な恋愛小説でもない。
読者に考えさせる小説であり、その意味ではドイツらしい小説と言える。
個人史と社会の動き
(2010-01-25)
15歳の「僕」が出会った16歳年上の女性との長い交祭の物語であるが、彼女の3つの秘密を知るのは彼女が亡くなってからであった。今、それがどんなことであったかを記すことは、これからこの本を手にする読者の興趣を奪うことになるので触れることは差し控えるが、「僕」の個人史の背景にはU次大戦の影響があったこと、そして戦争の影響がドイツと我が国とで大きく異なったことに注目したい。即ち、我が国で「もはや戦後ではない」と言われたのが戦後11年であったか、しかし、ドイツでは戦後20年で戦犯が逮捕され、35年後に釈放されているのである。裁判官である著者はこの社会の動きと個人の歴史とを冷静に対比しているのである。
「僕」と彼女との美しい情交描写にも触れておきたい。 以上
Good Read
(2010-01-01)
A very well written book with interesting characters.Easy to read as the writer paints images into
our imaginations very well.Recommended.
あんまり現代小説を読まない者の感想です。
(2009-10-31)
刑務所のなかのハンナに向けてテープを送り、主人公が演じ続けた「朗読する坊や」の役割が、かつて彼女自身がおこなった「おきにいり」の少女たちに課した朗読と重ねられ、それからの解放が同じく死の宣告となるといふ結末の符合。囚人を朗読者として看守生活の“隙き間”に入れてゐたのが、今度は反対に囚人として、朗読者の生活の“隙き間”に入れられる破目になったことが、主人公自身によって語られてゐるのが、実に皮肉に感じられました。朗読だけを聴き続けるといふ、思惑を超えて主人公から与へられることになってしまったともいふべき、その「罰」の内実が、しかし苦しみとしてではなく、言葉を覚える喜びとして、反省の学びへと真摯な彼女を向かはせる。しかも「罰」は「罰」として顕れ、彼女を最後に自殺に追ひやることになってしまふ訳ですね。この小説の苦味の背景にあるのは、戦争と貧困の問題といふより、時代に翻弄される人間のどうしようもない運命のやうな感じがします。思ふに、文盲であることを隠す生き方を貫くことは、実はハンナ一人が選んだといふより、その事実を暴露しなかった主人公とともに選んだ誤りとも云ふべきで、二人の責任です。ですが、そのせゐで、刑務所といふ閉じた環境に守られた彼女にとって、主人公といふのは「ただの朗読者」であり続ける限り、依然自らが優位に立つ思ひ出の中の「坊や」のままであり続けることができ、(さう思ふのは彼女の自由なのですが)、主人公の側もまた「坊や」からの成長を見せず、そのやうに演じ続けなくてはならないと思ひ込んでしまったところに、二つ目の誤りがあります。もっともそれは彼の「罪」ではないのですが、刑務所の女所長さんが「どうして手紙を書かなかったのか」と非難したときに、一番こみあがるものがありましたね。その次のカタルシスはもちろんハンナが裁判長に詰め寄るシーンでした。
物悲しいラブストーリー
(2009-09-22)
一気に読みました。戦争の理不尽さに翻弄された男女の物悲しいラブストーリーに感じました。映画ではどのように描かれるのでしょうか。


